ATO(オーストラリア税務局)は、移転価格税制上、インバウンドのクロスボーダー関連者間金融取引における負債額を決定する際に考慮すべき要素について、実務コンプライアンス・ガイドライン(PCG)の草案を公表しました。これは、昨年ATOが新たな過少資本税制の規則に関してガイダンスを示す旨の予告をしていた三つの最重要分野のうち、最後に当たるものです。
本アラートは、2025年5月30日に発行されたTax alertの日本語版の要約が含まれています。
ATO(オーストラリア税務局)は、2025年5月29日に「PCG 2025/D2:インバウンドのクロスボーダー関連者間金融取引の金額を決定する際に考慮すべき要素-ATOのコンプライアンス・アプローチ(PCGの草案)」を協議目的で公表しました。
本PCGの草案は以下の通りです。
ATOは、財務部門や財務担当者、第三者の貸し手が債務能力を評価する際に考慮する主要な要素について、十分に検討された情報をまとめています。本ガイダンスは、デットファイナンスの商業的・経済的な利点を認識し、適切な債務水準の決定には、特定の状況に応じた様々な考慮事項が必要であることを認めています。ATOは、移転価格税制上の独立企業間価格の債務額を「一律の」財務指標のみに基づいて決定することはないことを示唆しており、むしろ納税者に利用可能な商業取引や選択肢を包括的に評価することを推奨しています。
2024年に施行されたオーストラリアの過少資本税制の改正パッケージの一環として、移転価格の規則にも変更が加えられました。これにより、ほとんどの納税者に対して、クロスボーダー関連者間借入額は、独立企業間価格要件との整合性が求められることとなりました。 本改正前は、過少資本税制の規則の適用を受ける納税者にとって借入額は過少資本税制の規則のみによって制限されており、関連者間において移転価格規則における独立企業間要件の充足の影響は受けていませんでした。
本改正は、2023年7月1日以降に開始する事業年度に適用され、以下を除くほぼすべての納税者に広く適用されます:
つまり、新しい過少資本税制の規則の下での一般クラスの投資家や、新しい第三者間負債テストを選択した金融機関は、クロスボーダー関連者間借入金額が独立企業間の金額であるかどうかを検討する必要があり、加えて、借入金の価格や金利が独立企業間の水準であるかどうかも評価しなければなりません。
本PCGの草案は、インバウンドのクロスボーダー関連者間金融取引にのみ適用され、価格に関する事項は対象外であり、価格に関する事項は引き続き「PCG 2017/4 クロスボーダー関連者間金融取引および関連取引に関する税務問題へのATOのコンプライアンス・アプローチ」で取り扱われます。
本PCGの草案は、現在パブリックコメントを受け付けており、提出期限は2025年6月30日です。
本PCGの草案には、インバウンドのクロスボーダー関連者間債務の独立企業間の金額を決定する際に納税者がコンプライアンスリスク、ひいてはコンプライアンスコストを管理できるように設計されたリスク評価フレームワークおよびATOのコンプライアンス・アプローチが含まれています。 このフレームワークは「セーフハーバー」を構成するものではなく、ATOの法解釈を置き換えたり、変更したり、影響を与えたりするものではありません。また、納税者が関連法令に従って自らの税務ポジションを自己判定する法的義務を免除するものでもありません。しかしながら、さまざまなタイプのインバウンド・クロスボーダー金融取引に付随するリスクをATOがどのように評価するかについての指針を示しています。
他のPCGと同様に、本PCGの草案ではリスクゾーン(ホワイト、グリーン、ブルー、レッド)が設けられており、それぞれのゾーンにおけるATOのコンプライアンス・アプローチが示されています。 これは下表に要約されています。
リスクゾーンおよびレベル | 基準 | ATOのコンプライアンスアプローチ |
ホワイト すでにレビュー済み・結論済みの取引 |
インバウンド、クロスボーダー関連者間金融取引が以下のいずれかの基準を満たす場合:
かつ、
|
このリスク評価フレームワークによる自己評価は不要です。 ATOはインバウンド、クロスボーダー関連者間金融取引の金額に関してコンプライアンスリソースを適用しません。 |
PwCコメント:納税者は、ATOのコンプライアンスレビューの対象となる前に、債務金額を裏付ける適切な文書と証拠を確保しておく必要があります。ATOのコンプライアンスプログラムの頻度と対象範囲を考慮すると、時間が経つにつれて、多くの納税者がこのカテゴリに該当することが予想されます。 |
リスクゾーンおよびレベル | 基準 | ATOのコンプライアンスアプローチ |
グリーン
低リスク |
貴社のインバウンド、クロスボーダー関連者間金融取引が以下のいずれかの基準を満たす場合:
かつ、
特に、ATOの簡素化された移転価格の記録保持オプションの対象となる低レベルのインバウンドローンに対して本PCGの草案における「低リスク」の結果が適用されるとの示唆は無い。 |
ATOは、納税者の自己評価の検証のためにのみコンプライアンスリソースを適用します。 |
PwCのコメント:グリーンゾーンの2つの条件により、多くの納税者が本ゾーンの対象外となる可能性があります。
我々の経験に基づくと、多くのオーストラリアの多国籍企業グループの子会社は、所得年度を通じてグローバルグループよりも強力なレバレッジと利子カバレッジ比率 (interest coverage ratios)を示すことが困難であると予測しています。その理由として、オーストラリアの負債が新たな買収に関連していることや、分散されたグループ全体の収益の不安定性と単一のオーストラリア事業の収益性の違いなどがあります。したがって、納税者は類似企業に対して自社の負債の金額を支持できる可能性があります(関連会社の融資に関しては、比較対象の選択をめぐって意見が分かれることが多い点にご留意ください)が、本PCGの草案の要件により、グローバルグループの比率にも合致する必要があるため、グリーンゾーンが利用できないことが明らかとなる可能性があります。
プライベートエクイティのポートフォリオ会社やコンソーシアム所有の投資は、しばしば投資会計の対象であるか、外国の会計グループに連結されていないことが多いため、これらは自社の負債比率がグローバルグループを反映しているという理由でグリーンゾーンを満たす可能性が高いです。このようなグループについては、その資本構成が業界の慣習に一致していることを示すことが重要です。本PCGの草案に記載されている要因(パラグラフ52以降)は、どのような証拠が要求されるかを示すのに有益です。 |
リスクゾーンおよびレベル | 基準 | ATOのコンプライアンスアプローチ |
ブルー リスク未評価 |
インバウンド、クロスボーダー関連者間金融取引が、本PCGの草案の低リスクまたは高リスクの事例、もしくはホワイトゾーン基準のいずれにも該当しない場合 |
ATOは利用可能なデータを用いて取引を積極的にモニタリングし、コンプライアンスリスクを把握するためにレビューを行う場合があります。 |
PwCコメント:本カテゴリーは、親会社保証によって負債額が影響を受けていないことを示すことができるが、負債比率がグローバルグループよりも高いためにグリーンゾーンに該当しない多くの納税者に対して適用されると予想しています。 |
リスクゾーンおよびレベル | 基準 | ATOのコンプライアンスアプローチ |
レッド
高リスク |
インバウンド、クロスボーダー関連者間金融取引が以下のいずれかの基準を満たす場合:
|
ATOはリソースを優先的に割り当てて取引をレビューします。 これにはレビューや税務調査の開始が含まれる場合があります。 レッドゾーンは高リスクを示すものであり、インバウンド、クロスボーダー関連者間金融取引の金額について移転価格上の利益が得られていると推定するものではありません。 |
PwCコメント:納税者は、ATOが本PCGの草案の事例4(親会社保証付きの関連会社借入)の範囲をどのように定義するのかに注意を払う必要があります。多くの納税者にとって、明示的な保証が交わされたかどうかにかかわらず、分析は必然的に仮説的な保証を考慮することになります。つまり、ATOによるPCGの運用の仕方によっては、納税者は事例4の範囲を満たす可能性があります。その後、当該保証が独立した場合よりも大きな借入を可能にするかどうかという問題は、複雑であったり主観的であったりする可能性があり、移転価格の再構成や保証料の損金性など、さまざまな疑問を招くこととなります。ATOは、納税者に対し(パラグラフ80において)借入に関する健全な基礎を示す必要があることを想起させるため、有用なコメントを提供しています(つまり、借り手は親会社保証の利益があっても、自社で資金を返済し管理できることを示す必要があります)。 |
本PCGの草案は、資金調達要件を検討する際、「多国籍企業及び税務当局向けOECD移転価格ガイドライン」に沿って、企業が現実的に利用可能なすべての選択肢を考慮することが求められると強調しています。これには、負債資本(負債を利用して調達した資金)、株式資本、内部資金などが含まれる場合があります。
本PCGの草案は、ATOが企業に対して、最も適切な資金調達手段を決定する際に合理的に考慮すべきと考える要素の非網羅的なリストを示しています。これらは、ATOが企業のインバウンド・クロスボーダー関連者間金融取引の金額を審査する際にも考慮する要素となります。
要素 | ATOのコメント(本PCGの草案より) |
資金調達要件 |
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グループ方針・慣行 |
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株主へのリターン |
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資金コスト |
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コベナンツ |
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明示的な保証 |
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担保 |
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返済能力 |
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レバレッジ |
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我々の経験に基づくと、多くの納税者は、今回のガイダンスの草案公表以前から、クロスボーダー関連者間借入の独立企業間の特性を評価する移転価格分析を行う際に、これらの要素を考慮してきました。 したがって、ATOのコメントは、すべての納税者がこれらの重要な要素を認識し、確固たる移転価格文書を作成するためのチェックリストとして活用できる点で有益です。
ATOは、移転価格の観点から独立企業間の負債額を評価する際、単なる財務指標だけでなく、商業的要素全体を総合的に考慮する可能性が高いと考えられます。 これまで関連者間借入の水準を財務指標のみに基づいて正当化してきた納税者は、本PCGの草案に記載された商業的要素を含めて、より幅広い観点から分析を補強することを検討すべきです。
本PCGの草案には、2つの低リスク例と3つの高リスク事例が含まれています。
低リスクとされる事例は以下の通りです。
低リスクの取扱いを希望する納税者は、事例2に該当するための負債水準や金利コストを評価する必要があります。 本事例では、オーストラリア法人のレバレッジおよびインタレストカバレッジ比率について「比較可能企業」との比較が求められる点に注意が必要です。 そのため、移転価格ベンチマーキング分析を実施する必要があります。
前述の通り、実質的な取引に関連者間借入を利用している多くの企業グループは、業界や同様の状況にある比較可能企業と整合している場合であっても、グローバルグループの財務指標を満たすことが困難な場合があると予想されます。 グリーンゾーンに該当しない納税者が、独立企業間の負債額を裏付けるために比較対象を特定する際には、負債の目的や借入人の性質・状況を考慮することが重要です。 例えば、買収のために利用された負債は、当初は通常より高いレバレッジ水準となる場合があります。 同様に、流動化のイベントによる返済を目指すプライベートエクイティ所有グループの負債プロファイルは、上場企業とは異なる場合があります。 どのような比較調整が必要かを評価することが重要であり、より複雑なケースではデットアドバイザリーの専門家を関与させることが必要となるケースがよく見受けられます。
高リスクとされる事例は以下の通りです。
ATOがリスク評価のために標準的な比率に基づく数値的なスコアリング手法を採用しなかった点は評価できます。 具体的な事実や状況に着目したアプローチを採用することで、ATOは債務取引の市場や業界の動向を認識し、現実の状況により適合した評価を行うことができます。 ただし、提示された事例は非常に事実関係に依拠しており、リスク評価フレームワークの下で従来型の関連者間債務分析をどのように進めるべきかについての考察はあまり得られません。
ATOは、インバウンドのクロスボーダー関連者間金融取引を行う納税者に対し、金融取引が存在する各課税年度ごとに、移転価格ポジションを裏付けるための書類および証拠を維持することを求めています。 これには以下が含まれるべきです。
ATOの移転価格文書化に関する見解および、1953年課税管理法付則1のサブディビジョン284-Eを満たすための推奨フレームワーク(a suggested framework for satisfying Subdivision 284-E of Schedule 1 to the Taxation Administration Act 1953)は、税務裁定TR 2014/8所得税:移転価格文書化およびサブディビジョン284-E (Taxation Ruling TR 2014/8 Income tax: transfer pricing documentation and Subdivision 284-E)に示されています。
なお、本PCGの草案にはデミニミス基準やPCG 2017/2で定められたATOの簡易移転価格記録保持オプションとの関係についての記載はありませんが、低額インバウンドローンのオプションは引き続き利用可能であると考えられます。
PCG 2025/D2は、ATOが移転価格規則をどのように適用し独立企業間の負債水準を評価するかについて、初の見解を示しています。 ガイダンス策定にあたり、ATOはデット分野の専門家と広範に協議を行い、これまでの監査や価格に関する紛争で問題となっていた事項に対応する有益な詳細を提供しています。 他の最近のATOガイダンスと比べて例示は少ないものの、本PCGの草案は、独立した当事者が融資状況を評価する際に考慮する重要な要素を提示しています。 我々の見解では、本PCGの草案は、納税者が財務・資金調達の専門家を関与させ、クロスボーダー関連者間債務を導入する際には関連するあらゆる商業的要素を考慮すべきであるという明確なメッセージを発しています。
※本アラートは、PwC Australiaが発行したTax alertを抄訳したものです。訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。
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